『LIVE』 Vol.26
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去れた。まずは踵を上げて、足全体の筋肉を引き上げる。それができたら筋肉を引き上げたまま踵を下ろす。それから、両手の人差し指を前方へ伸ばし、腕の筋肉との連動性を感じ取る。そして、最後に体の中心を引き上げる。私はまず、これまでの先生に教えてもらったことを一度白紙に戻すことにした。そして、今、先生に教えてもらったことだけを忠実にこなすべく、時間をかけてポーズをつくるようにした。そう指導が明確なのだ。どんなに生徒の数が多くても、先生はこまめに教室内を動いて一人ひとりのポーズをチェックする。当然、ポーズを取る時間は長くなるが、きちんとできていると、先生は無言で親指をグッと突き出してくれるし、頑張っている人には背中をポンポンと叩いて励ましてくれる。もちろん、直すべきところは的確に指導する。そして、これが一番大切だと思うのだ年12月、インドに一ヶ月滞在したときのことだ。これで15回目となるインドの旅だが、今回はどの町へ行こうと考えながらニューデリーの安宿で地図とにらめっこしていたとき、なんとなくきれいな冬山を眺めたくなった。そこで、以前数ヶ月滞在したことのあるリシケシへ、ヒマラヤとガンジス川を見に行くことに決めた。 リシケシは、ヒマラヤ山脈に点在するヒンズー聖地への足がかりであると同時に、ヨガの聖地としても知られる小さな町だ。はじめはヨガをするつもりはなかったが、このリシケシは私がヨガを習うきっかけとなった町でもあるためせっかくだからと、ある朝、町なかに数あるヨガ教室のなかから雰囲気の良さそうなところを選んで出てみると、それはなんともイマイチなクラスだった。なぜかマットの上でジョギングをしたり、クロールの真似をしたり、しまいにはシャバアサナで先生がグウグウいびきをかいて寝る始末。いくらなんでもヒド過ぎる、もっと良い先生がいるはずだと躍起になって片っ端からヨガ教室を訪ね歩いていたある日、偶然、とても良い先生に出会えた。 後から知ったのだが、そのインド人の先生は欧米でワークショップも開く有名な方で、クラスにはいつでも数十人の生徒が集まっていた。ほとんどが欧米人で、日本人の姿もちらほら見える。(ちなみに、インド人の姿はまったくない。しかし、これはこのクラスに限ったことではなく、インドのヨガクラス全般にいえることだ)先生は毎日朝晩2時間ずつクラスを持っていたが、すっかり先生の教えに心酔した私は毎回欠かさず出席した。 先生の何がいいといえば、とにかくるポーズだが、私はなぜかこれが苦手だった。これまでさまざまな先生にポーズを直されてきたため、頭が混乱していたせいもあるのだろう。毎回、腕の角度や背中の伸ばし具合など気をつけてみるものの、しっくりこない。そんなふうに私がそのポーズを苦手としていることを先生はたちまちのうちに見抜き、ダウンドッグのたびにそばへ来て、段階を踏んで細かく指導してくが、クラスには初心者もいれば上級者もいる。それを各自のレベルに応じて最大限の力を引っ張り出すのが、その先生は本当に巧みだった。 私自身についていえば、ヨガを始めて6年が経っていたが、未だに苦手なポーズがあった。それは「ダウンドッグ」といわれるもので、腕と足を伸ばして床につけ、お尻を高く持ち上げるポーズだ。一般的にはそれほど難易度の高くない、初心者クラスでも登場すインドで学んだ 「体幹」という意味しなやかな体はしなやかな心とともに生まれる。そして、体と心が対等につながったとき、はじめて、その動きは体と心の両方に効く。こうして私たちは「体幹」を鍛えるのだということを、インドのヨガが教えてくれた。文:鈴木博子心と体が、ほんとうにつながるということ

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