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復興支援活動沿岸部は復旧の真っ最中だが、人々は復興への一歩を踏み出した津波の被害が大きかった陸前高田市ラジオ体操とありがとう体操を推進夏休みまで続けたラジオ体操活動被災地でのラジオ体操活動を支えた中学....
復興支援活動沿岸部は復旧の真っ最中だが、人々は復興への一歩を踏み出した津波の被害が大きかった陸前高田市ラジオ体操とありがとう体操を推進夏休みまで続けたラジオ体操活動被災地でのラジオ体操活動を支えた中学生市民グループ☆ハッピーウェーヴ♪さんによる指導スタート被災地での活動を共有するホワイトボード長期にわたって受け入れてくださるうえで大切だと感じました。その後は、関連スタッフに指示を求めるのではなく、現場の声に耳を傾け共に考え自ら『考え』『気づき』『行動』すること、『できる者が出来ることからやる』ことが大切だと分かり、単独で避難所を巡り、知り合いを見つけ活動が広がっていきました。震災後の活動で凄いなと思ったのは、震災後3日目に既に避難者自らがラジオ体操を始めていたことです。当時は避難者1 ,200人がいた陸前高田第一中学校の体育館で、朝7時から中学生が前に立って、毎朝ラジオ体操をしていたんです。私の活動は、その体操に続けて、『ありがとう』(いきものがかり)の曲で、生活不活発病やエコノミークラス症候群にも対応した内容の体操を提供することからのスタート。『ありがとう』の曲を選んだのはNHKの朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の主題歌でしたので、子どもからお年寄りまで耳慣れていたからです。朝は血圧が高い人が多いのでスローなテンポと歌詞に気持ちも乗せてフィットネス体操をしました。「今日だっていつか大切な瞬間(おもいで)、あおぞらも泣き空も晴れわたるように」と。「みんなで体操」から「ひとりでも体操」へ。復旧ボランティアから復興支援へ6ヶ月経った今、進めているのは、被災地の方々が、それぞれ「ひとりでも運動」ができるようになること。これまでは「みんなで体操」として、上記のラジオ体操と音楽体操を畳半畳スペースで、一日10分の運動を二回という内容の体操を続けてきました。8月12日までに市内全部の避難所が解散となり、人々が集まることが難しくなりましたが、人々が仮設住宅で新たな生活を始めた今、復興援助が必要な時期に来ています。ラジオ体操の活動のリーダー的存在だった中学生と一緒に夏休み中、朝4時起床、早朝6時30分から一日3か所、計34か所の仮設住宅をラジオ体操とありがとう体操で巡回、12日間で803人のみんなさんと体操をしました。ここでボランティアも限界になり、8月19日で支援活動を一旦終了としました。今進めている活動の一つに、陸前高田市の健康運動サークル「たかた☆ハッピー♪ウェーヴ!」の活動支援があります。このクラブは3年前に保健推進員の有志で設立。厚労省が推進するヘルスサポーター事業を発展させモデル的にスタートしたものです。地域の一避難者が始めたラジオ体操が、みんなの体操へ震災の時は陸前高田市近くの公民館で体操指導中。揺れがおさまると、なぜか自宅がある山方向と反対の、馴染みの場所が多い沿岸部に向けて車を走らせていました。そうこうするうちに津波が押し寄せて車道が寸断され、一晩避難所で避難してきていた赤ちゃんのミルクを作りながら過ごしたことを覚えています。私は震災が来る前から地域の仕事を中心に行っていましたので、県や市町村の健康推進課の地域の保健サービス関連の仕事に携わる方々とのネットワークがあり、3月27日からボランティアでの運動指導の活動をスタートすることができました。特にお世話になったのは、日本赤十字秋田看護大学助教の佐々木亮平先生です。昨春まで、岩手県の職員で陸前高田市の保健師として出向していたことから、被災地に全国から応援に入っている医療福祉保健チームの統括・調整役をされていました。私たち運動指導員ができることを伝えたところ、信頼性をもって迅速に応援チームの一員として、避難所や高齢者ルームでの運動サービスなどに携わらせていただくことができました。ただそれでも、必ず各避難所の災害本部に了解を得てから指導をするようにしたことも、ボランティアでの運動指導から被災者の自立サポートへ被災地の復興をサポートするフィットネス関係者の活動20November,2011 www.fitnessjob.jp