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していることもありました。連盟の活動に参加することのメリットがインストラクターに伝わっていなかったのだと思います。初めはがむしゃらに動いていましたが、これではダメだと活動をペースダウンさせた時期もあり....

していることもありました。連盟の活動に参加することのメリットがインストラクターに伝わっていなかったのだと思います。初めはがむしゃらに動いていましたが、これではダメだと活動をペースダウンさせた時期もありました。でも、少しずつ活動の意義を理解して協力してくれる人が出てきたんですね。そこからは徐々に軌道に乗っていきましたが、それまではつらい時期もありましたね」当時を振り返って小松さんはこのように語った。しかし、連盟の活動が軌道に乗ったことで新たな自信も芽生えた。「楽しくて人のためになることをしていれば、必ずわかってくれる人はいますし、人が集まってきます」。こう話す小松さんは、以降人が集まる活動を続け、さらに「より楽しませ、より驚かせる」ことをモチベーションとして、多くのイベントなどを開催してきた。自身も苦労をしているからこそ、伝えられることがあるのだろう。東北地方で活動する若いインストラクターから相談を受けることも多い。「『地域で活動するにはどうしたらいいのか』、『イベントを成功させるにはどうしたらいいのか』などの悩みには、私も以前ぶつかっているんですね。だから状況や気持ちがよくわかりますし、どうしたら改善するかもわかります。そういったアドバイスをすることで、成功したときに喜びを共有できます」同じ目標を持ち、同じ喜びを感じる。それが、小松さんがインストラクター仲間と築いている関係である。だからこそ、震災のつらい状況も分かち合いたいと、行動せずにはいられなかったのだ。このように、エアロビクスを通じて多くの人の協力を得ながら活動を広げている小松さんだが、エアロビクスを始めた時期は意外と遅い。結婚を機にそれまで務めていた、グラフィックデザイナーの仕事を退職。子育てと家事に追われて生活していた。しかし、第二子出産後の体調回復に時間がかかり、普通に生活することさえつらい時期があった。学生時代に陸上競技、バスケットボールと運動を続けていた小松さんにとって、それは衝撃的なことだった。そんなとき、友人にスポーツクラブを勧められ、回復したい一心で入会した。そこで出合ったのがエアロビクスである。小松さんは子どものころから運動が得意で、苦手なことなどないに等しかった。ちょうど流行し始めたエアロビクスに気軽な気持ちでレッスンに参加したところ、予想外のハードさに衝撃を受けた。そして、「やってやる!」という思いで通うようになり、気づくとすっかりエアロビクスの魅力にハマっていた。その後の第三子出産時は産後の回復も順調で、子育てをしながら趣味のエアロビクスを続けていた。しかし、次第に物足りなく感じてしまい、1989年にエアロビクス競技の世界に入る。選手としての活動は刺激的で楽しかったが、緊張感も常にあった。心身ともに常によい状態にキープしておかなくてはならず、練習も並大抵の量では足りない。そんななか、1992年のスズキジャパンカップで全国大会に出場したことで、自分のなかで選手としての生活に区切りをつけた。「器用な方ではないので、コンディションを維持しながら子育てをすることに限界を感じ始めていました。全国大会に出たときに自分自身の結果には満足し、『指導者として広めていきたい』と自然と考えるようになったのです」学生時代にいろいろな競技スポーツをしていて、卒業と同時に引退していくことに寂しさを感じていた。エアロビクスと出合い、一生続けられるスポーツにめぐり合えた嬉しさが、選手からインストラクターへの道をつくった。今後について、「自分が元気な限り、フィットネスのインストラクターを続けていきたい」と話す小松さん。現在は、団塊世代の健康維持に最も注力している。「今60?65歳ぐらいの人たちが、この先病院に行かなくていいような、健康な身体づくりができるようなレッスンを提供したいと思っています。震災の後、いつもレッスンに出ている方から『鍛えていたお陰で物を運んだり、長時間歩いたりできた』と声をかけられ、すごく嬉しかったんですね。多くの人が病院に行かず、死ぬまで楽しく過ごせるような身体づくりの場をつくっていきたいですね」このように話す一方で、今後もエアロビクスが続けられていくためには若い世代に魅力を知ってもらうことも重要だと考え、子どもたちへの指導も積極的に行っている。また、小さな子どもをもつ母親が「自分を解放し、取り戻していく場所」となるレッスンも行っている。「子どもの指導は、以前宮城県エアロビック連盟のイベントでOKJのプログラムを体験して、『これは絶対イケる!楽しい!』と思って東北で初めて子どもの指導を始めました。運動だけではなく、ルールやマナーも教えますし、必要であれば勉強や受験へのアドバイスもします。また、女性は子どもを産むと“自分”というものを見失いがちになるので、母親へのレッスンでは自分を取り戻していきいきと過ごしてほしいと思って行っています。どちらも、自分の経験から得た思いです。自分の子どもの教育で苦労したことも出産後の空虚な気持ちも、今活きていると思うと無駄じゃなかったんですね」笑顔で話す小松さんからは、自身の苦労も力に変える強さが伝わってくる。小松さんたちの活動は、東北に新たな力を与えていくに違いない。アシスト多賀城をはじめ、宮城県内のフィットネスクラブ、カルチャーセンターでエアロビクスを指導。03出産後の偶然から選手、そして指導者へ04病院に行かなくていい健康な身体づくりを支援震災後、岩手県大槌町のユースに物資を持っていったときの様子。東北エアロビック協議会に送られたものを、小松さん自身が車で運んだ。活動内容エアロビック選手強化練習会、競技審判員勉強会など各種セミナーの開催、エアロビック競技会の開催・エアロビック技能検定会を定期的に開催、東北の選手強化合宿や夏合宿、東北キッズジュニアエアロビックフェスティバルへの後援活動所在地宮城県仙台市太白区越路4-15Tel 022-216-9552webサイトhttp://www.geocities.jp/miyagi_aerobic//設立1999年12月November,2011 www.fitnessjob.jp33Organization Data宮城県エアロビック連盟